持久系能力の1つである「AT」を把握することでマラソンの適正ペースが決まる!
持久系能力を決定づける3要素「Vo2max」「AT」「ランニングエコノミー」。
前回はそのうちの1つ「Vo2max」について解説しました。
【マラソン】ランナー必見!持久系能力の1つ「Vo2max」とは!?
今回は「この値が分かればマラソンの適正ペースが分かる」と言われているAT値について解説していきます。
ATとは一体何なのか!?
AT(Anaerobic Threshold;AT)は「無酸素性作業閾値」といい、有酸素的代謝と無酸素的代謝の境界点を指します。
難しい言葉が出てきました。エネルギー代謝経路の仕組みについてはこの後説明しますが、簡単に説明すると
走速度が上がるにつれて、有酸素的代謝だけではエネルギー供給が不十分となり、無酸素的代謝が優位に働くようになります。この境界点の事をATと言い、この境界点を超えて長く運動する事はできません。
持久系競技では、競技パフォーマンスを高める上で、「速い速度をどれだけ維持できるか」が重要ですが、まさに「どのペースだと速度を維持できるか」がATです。この速度が速ければ速いほど、維持できる距離が長ければ長いほど、競技パフォーマンスは高い事になります。
では、まずはATをもっと分かりやすくするためにエネルギー代謝経路の仕組みについて説明します。
3つの代謝経路とは!?
まず運動時、つまり身体を動かすにはエネルギーを必要とします。そのエネルギー確保にはATP(アデノシン3リン酸)という物質が必要となり、ATPをADP(アデノシン二リン酸)とPi(リン酸)に分解した時にエネルギーを得ることが出来ます。しかしながら、ATPは体内に貯蔵されていますが、微量であるため数に限りがあり、わずかな時間しかエネルギーとして利用する事ができません。よって運動を継続するにはATPを利用するだけでなく同時に再合成する必要があります。
人間には、ATPの再合成の仕組みが大きく分けて2つあります。それが「有酸素的代謝」と「無酸素的代謝」であり、無酸素的代謝の中で2系統あるため、3つのエネルギー代謝経路が存在することになります。
①有酸素的代謝(有酸素系)
②無酸素的代謝(解糖系)
③無酸素的代謝(ATP-CP系)
それでは、①から順に説明していきます。
①有酸素的代謝(有酸素系)
主に糖質(筋グリコーゲン)や脂質を、酸素を利用することで分解しATPを生成します。この「酸素を利用する」という事からも分かるように、主にランニングなどの持久系競技の代名詞でもある有酸素運動時のエネルギー代謝経路として利用されます。
代謝経路が複雑であるため、エネルギー供給に時間がかかるとともに、長時間エネルギーを使用し続けるために、運動強度が低〜中強度の時に主に使用される代謝経路となります。
②無酸素的代謝(解糖系)
主に糖質(主にグルコース)を分解しATPを生成します。無酸素という言葉が使われていますが、これはエネルギー代謝経路の中で酸素を利用しないという意味合いであります。しかしながら、運動時の無酸素的代謝が優位な場合でも有酸素代謝は働いているので、呼吸は必要です。
そしてこの過程の中で乳酸が産生されます。
「乳酸は疲労物質」という認識の方が多いですが、乳酸はエネルギー源の1つでもあります。
乳酸が疲労物質として考えられているのは、乳酸が産生されるという事は、運動強度が高く身体を動かすエネルギー源である筋グリコーゲンが多く分解され、筋疲労を生じさせ長時間運動を継続できない事からです。
解糖系は短時間で多くのエネルギーを発揮する時に使用する代謝経路で、運動強度は中〜高の時に主に利用されます。
③無酸素的代謝(ATP-CP系)
骨格筋内に貯蔵されているクレアチンリン酸を分解しATPを再合成します。クレアチンリン酸自体がわずかしか貯蔵量となるため、酸素を利用することはありませんが長時間運動する事はできません。
短時間の中で爆発的なパワー(力×速さ)を発揮する時に使用する供給機構で、短距離走などの時間が短く運動強度が極めて高い運動時に主に使用します。
持久系競技のエネルギー代謝経路は!?
持久系競技においては、前述の有酸素的代謝が使われます。しかしその中でも、運動強度が高い方が速くなるため、より高い競技パフォーマンスの発揮には、無酸素的代謝(解糖系)にできるだけ近い強度での運動が必要となります。その境界点がATであるため、持久系競技にはATが重要な指標とされています。
エネルギー源として必要となる糖質と脂質
持久系競技では、有酸素的代謝が主に使われる中で、酸素を利用することで糖質と脂質を分解し、エネルギー源として利用します。
強度が上がるにつれて糖質をより多く使うことになり、次第に無酸素的代謝(解糖系)を利用することになるのは前述の通りですが、ここで重要となるのは「糖質は貯蓄量が少なく数に限りがある」ということです。
糖質
エネルギー源:1g=4kcal
貯蔵量:肝臓(400g)・骨格筋(1600kcal)
脂質
エネルギー源:1g=9kcal
貯蔵量:体脂肪(約80000kcal)
フルマラソンでは2500kcal以上のエネルギーが必要とされており、貯蔵されている糖質だけでは足りません。脂質は非常に多く貯蓄されていますが、ここで注目すべき点は、「運動強度によって糖質と脂質の利用率が異なる」ということです。
個々の身体特性によっても異なりますが、一般的には運動強度が上昇するにつれて糖質を多く使います。したがって、日々のトレーニングによって、競技パフォーマンスが向上し走速度が上がっても脂質を使う割合を維持する事ができれば、糖が枯渇した状態を防ぐ事ができます。
AT値を向上させることで乳酸カーブを遅らせる!?
AT値が決まっていると、競技パフォーマンスはこれ以上向上する事はないのか?答えは否。
トレーニングによってAT値を向上(心拍数・速度)させる事ができます。
図で示されているように、運動強度が上がるにつれて乳酸が蓄積されていきます。この乳酸の蓄積度のグラフを「乳酸カーブ」と言います。
一般的にAT値の乳酸蓄積度は2mmol/Lと言われており、トレーニングにより、乳酸が蓄積し始める走速度が速くなる(それまでの走速度では乳酸が蓄積しないようになる)事によって、「より速い走速度でより長く維持する事ができる」事になります。つまり
乳酸の蓄積開始点ならびに乳酸カーブを遅らせる=競技パフォーマンス向上
という事が言えます。
よって、自身のAT値を把握するという事は、有酸素的代謝と無酸素的代謝(解糖系)の境界点を引き上げるトレーニングの実施のためにも重要となります。
トレーニング方法としては、一定の速度で走るペース走が最も効果的でトレーニング強度は最大心拍数の70%〜85%前後。距離は競技レベルや運動習慣にもよりますが6000m〜16000m前後でやや無酸素的代謝(解糖系)に差し掛かる強度、つまりAT値付近で実施できると効果的です。
強度のパーセンテージに幅があるのは、個々の特性によってAT値は異なるからで、後述のAT SCOREが分かればより正確なトレーニングの適正心拍・ペースが分かります。
AT値の評価軸としてAT SCOREが存在する
AT SCORE(AT水準)とは、Vo2maxを100%としたAT値の割合となります。
Vo2maxに対して90%の人と70%の人で比較すると、
「90%の人の方がより高水準で速度を維持できている」という評価となります。
これは持久系能力を決定づける3要素「Vo2max」「AT」「ランニングエコノミー」の中で、どこに課題があるのか?!を考察する数値の1つとなります。
それぞれの能力を高めるために必要となるトレーニングは異なります。
AT SCOREのパーセンテージが高い人ほど、追い込んだ状態を維持できる事になります。この数値には脂肪燃焼効率や筋持久力などフィジカルの要素も関係してくるため、決して気持ちが弱いといったメンタル面の要素ではありません。
そしてこのAT SCOREから分かる事は、数値が高い人がこれ以上の能力向上を求める場合は、Vo2maxもしくはランニングエコノミーの向上を目的としたトレーニングを実施する必要があるということです。
一方で、数値が低い人の能力向上には、中強度のトレーニング種別であるペース走を中心に行う事で、乳酸性作業閾値および脂肪燃焼効率を向上させる事や、筋持久力を高めるトレーニングを行う必要があることがわかります。
ATを正確に把握したい!呼気から計測する!?
前述の通り、徐々に運動強度が上がる事で無酸素的代謝(解糖系)が優位になると、乳酸が多く産生されます。乳酸は蓄積されるだけでなく、体内で代謝する事ができます。その代謝機能が働き始めると二酸化炭素が産生されます。
運動強度が上がるにつれて、乳酸の代謝よりも蓄積の割合の方が大きくなるとともに二酸化炭素の産生量も増加します。そこで呼気ガス計測装置を用いて摂取する酸素量と排出する二酸化炭素量を数値化する事で、正確なATを算出することができます。
東京都内では、目黒駅徒歩5分の立地にある「RDC GYM 目黒」で呼気ガス計測装置を用いた測定サービスを行う施設があります。Vo2maxやランニングエコノミー、フルマラソン予測タイムなど持久系能力を全て計測する事が可能です。
RDC GYMはこちらから
まとめ
前回のVo2max・今回のATと持久系能力向上に必要な要素を説明しましたが、いかがでしたか?
持久系競技の中でも特に運動時間の長いフルマラソンなどはATが重要とされています。
今後はトレーニングを実施する際に距離や速度を目的によって設定できるとより効果的なトレーニングになるので、ぜひ参考にしてください。